2007/05/16
┗茉莉花×小梅A04
作者:むらさめ
◆キャスト
茉莉花(ジャスミン)…木下あゆ美
小梅(ウメコ)…菊地美香
駐車場にマシンドーベルマンを停めて、海岸に降り立つ。
潮干狩りと防波堤で釣りをする人、それでも人は疎らでカモメの鳴き声と波の音だけが聞こえる。
海の家とかがあるって事は、夏場は賑わうんだろうな。
いつも通るところなんだけど、こうしてちゃんと見たことなかった。
「うんとこどっこいしょ」
砂浜に直に座り込んで、二人で海を眺めた。
会話も何も無い、だけどそんな時間がすごく幸せだった。
「はい」
桜餅を持って降りてた。
手袋のまま、小さなタッパに入った桜餅を摘もうとしたら、
「だめっ!!」
ウメコは叱り付けるように私に言った。
「お〜〜恐。なにゆえ?」
「なにゆえもへちまもない!手袋したまんまじゃ、お行儀悪いでしょ」
アジャパ、いつもはこんな事したって文句言わないくせに。
でもそうは言っても、手袋は私の大切なもの。
こいつが無いと、桜餅から「何か」を読み取っちゃう。
「仕方ないなぁ、なら・・・わたしが食べさせてあげる」
何が仕方ないのか分かんないけど、一人で納得してるし。
「ほらあーん」
葉っぱに包まれたピンク色の固まりを手にとって口に運んでくれる彼女に応じるように口を開けた。
いい匂いが口の中に広がる。
桜の葉の塩漬けに包まれた甘過ぎない餡と柔らかいつぶつぶの皮、そして春の薫り。
美味しい。
「わたしが食べさせたから、美味しいんだよ」
「ま、そう言う事だと日記には書いておこう。もう一個・・・・・・」
私がせがむと、ウメコはタッパの蓋を閉めてから手に触れてきた。
(え・・・?)
レザー地の冷たい手袋がゆっくり剥がれて砂の上に落ちる。
びっくりして、目が真ん丸になってる。
みっともない、ヘンな顔になってるのが自分で分かる。
「あっ・・・」
抵抗する気もないのに漏らした声を掻き消すように、裸になった左手に指を絡めて握られた。
子供みたいな無邪気な笑顔の上に帯びた微妙な憂いに、心臓が爆発しそうになる。
ずっとずっと、こうされたかった。
なのに、凄く胸が苦しい。
持ってる想いの全てを見透かされてるような気がした。
恥ずかしくて目を逸らす私の中に、彼女は入り込んできた。
頭の中に、言葉が響く。
何日か前、私に言ってくれた言葉。
嘘の無い、まっすぐで透き通った言葉。
そっか。
「ご冗談」なんかじゃなかったんだ。
ありがとう。
っていうか、もっと早くに手袋外してたらセンちゃんの事殴らないで済んだかな・・・?
「ジャスミン・・・」
「・・・・・・」
メンゴ。冗談、出ないよ。
瞳に涙が溢れて、零れ落ちるのとほとんど同時に・・・磁石みたいに唇を触れ合わせてた。
喉の奥に掛かるウメコの吐息が、少しだけ痛く感じた。
私の右肩に添えられた彼女の左手が、とても重たく、愛しく感じた。
さっき食べた桜餅の味がした。
桜餅なんかよりも、甘くて柔らかくて、優しい唇だった。
でも、唇も肩も手も震えてる私はそれが・・・唇だけのキスが精一杯だった。
唇を離して、今度は身体が重なる。
小さな彼女の身体は思ってたよりも力が強くて、半ば強引に身体を預けられた。
シャンプーの匂いでもコロンの匂いでもない、ウメコの匂いに包まれる。
「おあいこしよ」
「・・・?」
「今さっきジャスミンに『すき』って言ったよ。これでも勇気出したんだから。
今度はジャスミンから、わたしに言って・・・エスパーじゃないもん、わたし・・・」
背中に回った手が、優しく動く。
小さい子供でもあやすみたく擦ってくれてる。
私も、彼女も。
共鳴するように心が震えてるのが分かった。
ずっと、傍に居て。
離れちゃやだ・・・・・・
【あ〜ら、元気だこと・・・】
――――!!!!
ポケットの中から聞こえてきた声に反応して、どっちからとなくサッと離れた。
「スワンさん!!??」
二人でハモって声の主の名前を言った後、ライセンスを手に取った。
【こらっ、二人とも真っ昼間っから何やってるの?しゃきっとしなさい、しゃきっと!】
こんな事言ってても、怒ってるような感じはない。
スワンさんは皆のお母さん。
だから私も色んな相談事・・・いわゆる『恋の悩み相談』にも乗ってもらってた。
「あの、じゃ・・・」
【イエ〜ス、聞こえてたわよ。甘い囁きも、チューする音も!】
チューする音は嘘だとしても・・・なんてこと。
ぼうっとなりながら顔が真っ赤になって、軽い立ち眩みを起こしそうになる。
【ペナルティよ。お遣い頼まれてくれるわね、えっと〜・・・】
お遣い・・・それはちらし寿司の材料と雛あられ、白酒。
目をぱちぱちさせるウメコの横で今日の日付を確認すると、三月三日、桃の節句。
こんな仕事だから、日付の感覚なんて無くなっちゃうのも無理ないか。
【言っとくけど】
「はい?」
【ちらし寿司は、二人で作るのよ!?ワタシは研究所にお雛様出すから。じゃね〜】
二人で・・・っていうより、ウメコ料理出来ないから私が一人で作っちゃうような感じになっちゃうんだろうな。
用件を全部伝え終わると、スワンさんはさっさと通信の回線を切った。
「とりあえず・・・」
「ザッツライト、買って帰らないと」
「その前に、まだ聞いてないし。ジャスミンの・・・」
君って奴は。はいはい、分かったわよ。
ちょっと呼吸を整えて、息を大きく吸い込んだ。
「ウメコ、だぁ〜〜〜〜いすきだよっ!!!!」
海岸中に響き渡るような大声で『おあいこ』にした。
「わ、わ、ちょっ・・・ばかぁ!!」
「アジャパ、赤くなってる。こうして欲しかったんでしょ?」
いっぱい、笑おうね。
いっぱい、泣こうね。
センちゃんの言うように淋しがりだから、何があっても絶対に離れないし、離さないから。
カモメの鳴き声が、私達を少しだけからかってるように聞こえた。
これにて一件コンプリート。
メガロポリスに、サクラサク。