2007/01/04
┣天野×杉F01
作者:不明
◆キャスト
天野ひかる…深津絵里
杉裕里子…鈴木京香
ふっとうたた寝から覚めて、伏せていた顔を上げる。
開ききらない目のままゆっくりと部屋を見回す。
壁にかかったカレンダーでしばらく今日の日付を探すうちに、その紙の上に今日はないことに気づいた。
──年。明けちゃったわけ。
まだぼうっとする頭をゆるく振りながら、小さく欠伸をひとつ。
時計は6時を回った所。
いつの間にか机の隅に押しやってある残りのもうひと仕事が、ようやく私の頭を働かせ始める。
「……ん」
起きないと駄目。
これだけは今日中に仕上げないといけないの。
判ってはいるものの、徹夜のだるさが身体中を支配して、ともすればもう一度眠りにつくことも容易い。
──とりあえず…換気?
どうせ今日は誰も来やしない。
今すぐ仕事を再開させなくたって良いのだ。
とにかく、目を覚ましさえすれば。
私はゆるゆると立ち上がった。
雑に開け放った窓から、案外さわやかな朝の空気が飛び込んできて。
目を細めて、まだうす暗い空を見上げる。
この分ならきっと今日は良い天気。
正月はどうしてかいつも晴れる。
くるりと踵を返して、少しすっきりした頭でもう一度部屋を見渡す。
そこで、やっと、電話機の白い紙に目が止まる。
FAXなんていつの間に来たんだろう。
靴音を響かせてそれを手に取って、
…思わず溜め息がこぼれた。
──あげおめ
見覚えのあるその字たち。
発信元の印字。
カントウカンサツイムイン。
まず目に止まったそのでかい字は間違いなく栄子だろう。
あげおめって何なの、黒川。
呆れながら散らされたハートマークを縫って、
──ない?
目を皿にする。
これでもない、これも違う。
こっちは田所の字。
なかなかみつからないのは、あの整った少し丸い字。
そこで、ふっと、無意識に必死で探していた自分に気づいて思わず笑みがこみあげる。
もう一度紙の端から端を見やる。
どうやら私の探す字体はこの中にはないらしい。
こういうの、好きそうなのに?
…また口からこぼれた溜め息が落胆だなんて、思いたくはないけれど。
今頃クラッカーでも買いに走ってるかもしれないどこかの誰かの、
ほんの一言で良いからメッセージがあったら、仕事も捗るのに?
…なんてね。
おめでたい考えをそのどこかの誰かのせいにして、私は諦めて紙を畳んで
大きく伸びをしながら机に向かった。
空が少し白みかけていた。
だいぶ覚めてきたものの、まだうっすらと目がぼやける。
それでもコーヒーをいれに立たなかったのは、何も面倒だからってだけじゃない。
敢えて言うならそう…虫の知らせ。
この私が。虫の知らせ?
人が聞いたら笑うかも知れない。
でも、だって、なんとなーく、いれない方が良い気がするのだ。
むしろ自分でも笑いそうになったまさにその時。
控えめなノックは、
だけど、
静まり返った部屋にまっすぐ響いた。
「──」
言葉はすぐには出てこなかった。
その音の主が誰なのか、
何しに来たのか、
声がしなくたって判ったけど。
きっと来るに決まってるって思っていたのと
まさか来る筈ないと思っていたのと
半々。
でも、
来た。
「先生っ。杉せんせー」
柔らかな声。
ほらね。
やっぱり。
手元に積んだ仕事の束をまたうっかり隅に押しやりそうになりながら、
私はもう一度その声が自分を呼ぶのを待った。
「先生ー?いないんですか?」
声にわずかに不安の色が混じる。
…もうほんの少し。呼んで欲しかったけど。
このまま踵を返されでもしたら、たまったもんじゃない。
私はこみあげる笑いをなんとか飲み込んで、
鍵の開いたままのドアに顔を向けた。
「外出中」
「そうですかー」
カタン。
後ろを向く足音。
私は思わず椅子から立ち上がる。
──本気にする!?
それとも、機嫌を損ねたか。
何にせよそのまま帰す訳にはいかない。
慌てて入口に駆け寄って、ドアノブに手をかける。
思いきり引っ張ったドアの、すぐそばに天野は立っていた。
私達はほとんど同時に目を丸くした。
「せっ」
「あまの、」
「いるじゃないですか!」
「遅い」
「だっ、新年早々からかわれるなんて思──」
わないじゃないですか、
の声は、ぜんぶ腕の中に消えた。
私の「遅い」が何も突っ込みの速さを言ってる訳じゃない事に、この娘は気づいてるのかどうか。
「あの」
「仕事は?」
「…終わりました」
「いられる訳?」
「え?」
「ここに。少しは」
期待混じりの声音が伝わってしまったらしい。ようやく表情が緩んだ気配がして、私の肩の辺りに顔が埋められる。
珍しく抱き返してこない事にほんのちょっと物足りなさを感じながら、それでもそっと髪を撫でる事にした。